外交官 杉原千畝命のビザ

10th

2020年 当社は創業10周年を迎えました。同時に、2020年は、日本の外交官であった杉原千畝(すぎはら ちうね)さんにとって、生誕から120年、「命のビザ」発給から80年という節目の年にあたっていました。
当社では、創業10周年記念企画として、「命のビザ」によって6千人ものユダヤ系避難民を救済した「世界に誇るべき人道主義者」、杉原さんの偉業を紹介いたしました。
幸いなことに、この企画は、大変にご好評をいただき、3万3千件を超える多数のアクセスをいただきました。ご視聴いただいた皆様、本当にありがとうございました。
皆様のご関心の大きさを受け、当社では、杉原さんの紹介を続けることといたしました。続編となる今回は、杉原さんの足跡を再び取り上げるとともに、日本全国にある杉原さん所縁(ゆかり)の地を訪ね、史跡や関連施設を紹介していきます。是非、ご覧いただきますようお願いいたします。

SUGIHARA CHIUNE

©️NPO杉原千畝命のビザ

SUGIHARA CHIUNE 6千人の命を救った男 杉原千畝

1939年8月、外交官であった杉原さんは、リトアニアの首都カウナスに領事代理として赴任しました。その直後、第二次世界大戦が勃発し、瞬く間に欧州全体が戦火に包まれていきました。

当時、欧州最大のユダヤ系社会があったポーランドは、西からのドイツと東からのソビエト連邦によって、分割占領されることになります。ユダヤ系ポーランド人の方は、2つの強権国家による迫害から逃れるため、懸命の逃避行に旅立ちます。

そのなかに、「日本の通過ビザ」を求めて、杉原さんのもとへ押し寄せた人達がいたのです。彼らの多くは、ビザ発給の要件を満たしていない方でした。杉原さんは、本国へ何度も打診しますが、認められません。ユダヤ系避難民に危機が迫っています。

遂に、杉原さんは、ビザの発給を決断します。

それは、人道主義に基づく大きな決断でした。

杉原さんが発給したビザによって、6千人もの命が救われたと言われており、「命のビザ」と呼ばれています。

©️NPO杉原千畝命のビザ

杉原千畝 命のビザの軌跡

杉原さんの偉業を映像で振り返ります。
この映像は、2020年末から放映した動画を
再編集したものですが、
杉原さんの業績の大きさを
改めて感じていただきたいと思います。

杉原千畝 ゆかりの地を訪ねて

杉原さんの偉業に関する足跡は、
日本各地に残されています。
杉原さんの偉業をより深く理解し、
より身近に感じていただくために、
杉原さんと関係がある施設や
史跡などを紹介していきます。

第二回

  • 岐阜県加茂郡八百津町 「杉原千畝記念館」 写真提供:八百津町

    第二回目は岐阜県加茂郡八百津町
    「杉原千畝記念館」です

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  • 人道の港敦賀ムゼウム 写真資料提供:人道の港 敦賀ムゼウム

    第一回目は福井県
    「人道の港 敦賀ムゼウム」です

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